「ブラジルコスト」とは何か——価格と納期の背景にある構造を読む

サンパウロ市パウリスタ大通り周辺の市街を上空から見た景観

ブラジルの企業から初めて見積もりや納期の提示を受けたとき、「思っていたより高い」「時間がかかる」と感じることは珍しくありません。

その感覚を、相手企業の問題として片づける前に、知っておきたい言葉があります。「ブラジルコスト」です。

この記事では、ブラジルコストと呼ばれる構造を整理し、提示された価格や納期の背景を読み解くための視点をご紹介します。構造を知ることは、値切りの材料を増やすことではなく、「何が価格に含まれているのか」「どこに時間がかかっているのか」を整理して話し合うための土台になると、当社は考えています。

1. 「ブラジルコスト」という言葉

ブラジルコストとは、ブラジルで事業を行う際に、制度や事業環境に起因して生じる構造的な追加コストの総称です。1990年代から使われてきた言葉で、もともとはブラジルの産業界が、自国の競争力の課題として提起したものでした。外部から向けられた批判の言葉ではなく、ブラジルの産業界が中心となって提起し、ブラジル自身が向き合ってきた課題です。

現在もこの構造は、ブラジルの産業界と政府によって継続的に測定されています。民間団体MBC(ブラジル競争力運動)が開発商工サービス省(MDIC)とともに2023年に公表した試算では、企業活動の12の局面をOECD諸国の平均と比較する方法で、ブラジルコストの規模は年間約1兆7,000億レアル(2021年基準)と見積もられました。確定した損失額ではなく一定の方法にもとづく試算値ですが、政府自身がこの数字を引きながら削減に取り組んでいることは、これが公式に認識された構造課題であることを示しています。

日本側でも、国際協力銀行(JBIC)が2011年の投資環境報告書で一章を割いてブラジルコストを整理するなど、ブラジルと関わる日本企業にとって以前からの論点でした。言い換えれば、これから示す構造は、特定の取引相手の事情ではなく、案件によって程度の差はあれ、取引の条件に影響し得る事業環境の特徴です。

2. 価格と納期を形づくる四つの構造

ブラジルコストの内訳はさまざまに整理されますが、日本企業がブラジルとの取引で出会いやすいものは、大きく四つの系統にまとめられます。

一つ目は、税の構造です。ブラジルの間接税は連邦・州・市の複数の層に分かれ、品目や取引の形態、州によって扱いが変わります。同じ商材でも、どの州から出荷されるかによって条件が異なることがあり、見積もりに「どの税がどこまで含まれているか」は、日本国内の取引の感覚よりも複雑になりやすい部分です。

二つ目は、物流とインフラです。ブラジルの国土は日本の20倍を超える広さがあり、国内の貨物輸送は道路輸送への依存が大きいことで知られています。政府系機関や業界団体の統計では、貨物輸送の6割以上を道路が担う構造が示されてきました。主要な農産物の産地には内陸部に位置する地域も多く、産地から積出港までの陸送が、価格と納期の双方に影響する変数になります。産地がどこか、港までの輸送を誰が担うのかによって、条件の見え方は変わってきます。

ブラジル内陸部の農地の間を地平線へ延びる長い道路

三つ目は、資金のコストです。ブラジルは金利水準が高くなる時期のある国で、事業者の資金調達コストが日本より重くなりやすい環境があります。金利は時期によって大きく変動するため、水準そのものの説明は控えます。案件や企業によって程度は異なりますが、取引の場面では、運転資金の負担が支払条件への感度として現れることがあります。前払いの有無や支払いまでの期間が、価格の提示と連動して動く場合があるのはこのためです。

四つ目は、手続きと時間です。輸出に関わる許認可や書類、行政手続きには時間を要するものがあり、それが納期に含まれている場合があります。生産そのものは終わっていても、出荷までに時間を要する場合があり、納期を「生産にかかる時間」と「手続きにかかる時間」に分けて眺めると、背景が見えやすくなります。

これらを、取引の場面でどう現れるかという形で整理すると、次のようになります。

ブラジルコストを構成する主な要素と、取引に現れやすい形
構造要因 取引に現れやすい形
税の多層構造 見積もり内訳の複雑さ。「どの税まで含む価格か」の確認が必要になる
物流・インフラ 産地から港までの輸送が価格・納期の変数になる。産地や州によって条件が変わる
資金コスト 支払条件への感度が高くなる場合がある。支払条件と価格が連動することがある
行政手続き 生産完了から出荷までに時間を要する場合がある。納期に手続きの時間が含まれる

3. 見積もりを受け取ったとき、この構造をどう使うか

この構造を知っていると、見積もりや納期の提示を受けたときの受け止め方が変わります。「高い」「遅い」という印象で止まらずに、確認したいことを具体的な質問にできるからです。

たとえば、この価格にはどの税までが含まれているのか。産地はどこで、港までの輸送はどちらの負担なのか。支払条件を変えた場合、価格は変わるのか。納期のうち、生産にかかる時間と手続きにかかる時間はどのような内訳か。

こうした質問は、相手を疑うためのものではありません。「なぜ高いのか」と問うよりも、「どの税まで含んだ価格か」と尋ねる方が、条件の背景を具体的に整理しやすくなります。構造への理解は、交渉を対立ではなく、条件を一緒に整理する作業に近づけます。

見積もりの前提を一つずつ確かめていく進め方は、ブラジルの素材・商材を検討するときに確認したいことで整理した「その価格に何が含まれているか」という視点と地続きです。第1号の記事が「何を確認するか」だとすれば、この記事は「なぜその条件になるのか」にあたります。

サンパウロ市立市場で買い物客と売り場を上から見た様子

4. 変わりつつある部分と、変わらない部分

ブラジルコストは、固定されたものではありません。

その代表が税制です。ブラジルでは2023年に間接税を簡素化する憲法改正が成立し、複数の税を段階的に統合する改革が、2026年から2033年にかけての長い移行期間で進められています。複雑さの緩和が期待される一方、移行期間中は新旧の制度が併存するため、当面はむしろ「この見積もりはどの制度を前提にしているか」という確認の重要性が増す時期だと言えます。なお、税制や規制の個別の扱いは品目や取引形態によって異なるため、実際の案件では所管機関や専門家への確認が必要です。

一方で、金利や為替のように周期的に動く要素もあれば、国土の広さや輸送網のように短期間では変わりにくい要素もあります。ブラジルコストを一枚岩の「高コスト」として捉えるのではなく、動いている部分と動きにくい部分を分けて眺めることが、数年先を見据えた取引の検討につながります。

5. 構造を知ることは、対話の入口

ブラジルコストという言葉は、ブラジルとの取引をためらわせるためのものではありません。ブラジル自身が課題として提起し、削減に取り組み続けている構造であり、そしてその構造は、取引の条件という形で日本企業の前にも現れます。

大切なのは、提示された条件を「高い」「遅い」と評価して終えるのではなく、その背景に何があるかを分けて確かめられることです。構造を知っていれば、質問は具体的になり、相手の説明は検証できるものになり、双方が現実的な条件に近づいていけます。

価格の背景を分解して確認し合える関係は、一度の取引だけでなく、長い取引の土台になると、当社は考えています。

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